関西エリアを中心に、阪急百貨店や阪神百貨店、食品スーパーや商業施設運営まで幅広く事業を展開するエイチ・ツー・オー リテイリング株式会社は、目指すビジネスモデルとして「コミュニケーションリテイラー」を掲げ、中長期の変革に取り組んでいます。 株式会社セクションナインでは、IT・デジタル化の推進の取り組みにおいて、AWS環境のモダナイゼーションを伴走支援させていただきました。
※ 所属、役職は2025年4月時点のものです

IT・デジタル推進グループ ITマネジメント室長 右田拓也 氏(右)
IT・デジタル推進グループ デジタルイノベーション室 デジタルソリューション・開発部 竹内英彦 氏(中)
IT・デジタル推進グループ デジタルイノベーション室 デジタルソリューション・開発部 担当部長 杉山惠一郎 氏(左)
コミュニケーションリテイラーとして顧客接点の変革へ
– 吉田:今回支援させていただいた「AWSモダナイズ」という課題に取り組むにあたって、プロジェクトが立ち上がった背景、当時の課題感などをお聞かせください。
– 右田:2030年に向けた長期事業構想において、新しいお客様との関わり方を提案するために「コミュニケーションリテイラー」というビジネスモデルを設定し、デジタル技術とリアル店舗の融合により顧客と深い関係を目指す計画が立ち上がりました。
2021年から2023年の第1段階ではクラウド化をはじめとする基盤整備として、オンプレミス環境からAWSへのリフトを進めてきました。
2024年以降の第2段階では、新市場・新事業モデルへの展開を目指しています。
しかし、新しい領域へと踏み出すためのクラウドネイティブなアプリケーション基盤を整備するにあたって、経験やスキルセットが社内では十分ではなく外部の力が必要だということになりました。
セクションナインさんとご縁があり、打ち合わせを重ねる中でモダナイズやDevOpsについても具体例を示していただきながら、方向性が決まっていきました。

IT・デジタル推進グループ ITマネジメント室長
右田拓也 氏
DevOpsへの方針転換とバイモーダル戦略
– 吉田:IT基盤のクラウドへのリフト完了後、クラウドネイティブなシステム構築への変革が急務だったということですね。
– 竹内:はい。既存のシステムは SoR(System of Record)なシステムが多く、お客様との関わり方として今後注力していきたいSoE(System of Engagement)なシステムとは目的や性格が異なっていました。そこで、既存の SoR なシステムはそのまま維持し、一方で新しい SoE なシステムはより軽やかに作り上げる「バイモーダル戦略」という形で提案いただき、プロジェクトを進めることになりました。
当初から、ミニマムスタートで成功するためには住み分けが必要だろうと考えていたところでしたし、AWSアカウントを分離して運用方法から再設計することで、既存のSoRな体制は維持しながらも、SoEなシステムではDevOps体制で継続的な改善を図るというアプローチを取ることができました。
– 吉田:実際にモダナイズ環境の構築が進み、技術面の変革についてはいかがでしたか?
– 竹内:モダナイズ環境ではAWSの推奨するマルチアカウント方式を採用しており、 AWS Organizations と Control Towerを利用してアカウントを一元管理しています。さらに、SCPs(サービスコントロールポリシー)を精査・適用してガードレールを適用することで、セキュリティや統合的なガバナンス管理を同時に実現できています。 また、インフラ設定を含むすべての設定をコード化してGitHub上で管理しています。CI/CDプロセスを整備したリリースマネジメント、IAMユーザー管理までを含めたライフサイクル管理を導入することで、便利に使いながらしっかり管理できる仕組みとなりました。数が増えても管理が煩雑になりませんし、従来の「依頼を受けてインフラを構築し、提供する」とは異なる、大きな変化でした。

IT・デジタル推進グループ デジタルイノベーション室 デジタルソリューション・開発部
竹内英彦 氏(手前)
:プラットフォームエンジニアリングチームとして参画
– 吉田:プロジェクト開始当初も「もっと軽やかに、新しいシステムを安全かつガバナンスを効かせながらリリースしていこう」というお話をしていましたし、その方向で推進できたでしょうか。
– 竹内:プラットフォームエンジニアリングの一環として、IaC の導入と同時に GitHub の運用方法も整備していただいたことで、リポジトリだけでなく、アカウントやアイデンティティのライフサイクル管理まで、GitHubで担うようになりました。これにより、開発、ステージング、本番の各環境でのリリースマネジメントが整備され、ガバナンス面での進化を実感しています。
– 杉山:モダナイズを推進したことで、単にこのプロジェクトだけでなく、既存のSoRなシステム側にも良い刺激になっているかと思います。従来の手順書を元にした構築フローから Terraform や Ansible を活用した IaC にシフトしていく活動が、他のプロジェクトでも始まっています。
– 吉田:それはうれしい変化ですね。

IT・デジタル推進グループ デジタルイノベーション室 デジタルソリューション・開発部 担当部長
杉山惠一郎 氏
:AWS および Google Cloud のテックリードとして参画
開発プロジェクトへの適用と課題
– 吉田:モダナイズ環境での開発プロジェクトの進行はいかがでしょうか?
– 竹内:新しい環境を活用すれば小さく始めて拡張しやすいメリットがありますが、一方で、運用設計(監視・アラート・デプロイフローなど)をプロジェクトチーム自身が考える必要があります。既存の SoR なシステムでは、開発担当と運用・監視担当が分かれている体制でした。「作って終わり」ではなく、DevOps的な継続改善や運用をチームで担うという意識はまだ十分に浸透していません。
– 楠田:モダナイズ環境で開発プロジェクトを進める立場としては、ビジネス側の考え方が変わらなければならない、という点について後手になってしまった部分があり、チーム全体の巻き込みには課題が残っています。ただ、一部ではアジャイルな開発体制を取り入れてうまくいっているチームもあり、アジリティを意識した開発へとシフトしてきている実感もあります。SoE なサービスのデリバリーにおいては、スピードが速いということは強力なメリットですから。そうするとますます、インフラやアプリ、開発と運用という垣根をなくすことの必要性を感じますね。

IT・デジタル推進グループ デジタルイノベーション室 デジタルソリューション・開発部
楠田翔 氏
:クラウドネイティブアプリケーションの企画担当として当プロジェクトに関与
– 吉田:オブザーバビリティに関してはどのような流れで導入が進んだのでしょうか?
– 杉山:モダナイゼーションのプロジェクトと並行して、2024年5月頃から話が出ていました。新しい SoE のアプリケーションを運用するにあたって、Zabbix など既存の監視ツールではどうしても対応しきれない部分がある、と。APM(アプリケーションパフォーマンスモニタリング)を含む、いわゆるオブザーバビリティの必要性を感じていました。
結果的に我々の要望に合致する形で New Relic の導入も始まりましたし、社内勉強会も実施し、社内への浸透を図る活動も進めています。今後のさらなる浸透、活用についても引き続きお願いしたいです。
モダナイゼーションの成果と今後の展望
– 吉田:これまでの成果についてお聞かせ下さい。
– 竹内:モダナイズに取り組んだことで、AWS ベストプラクティスに沿った環境ができたと思います。モダナイズ環境でのマルチアカウントは、IaCを活用して開発環境の構築および提供が迅速に行えるため、開発スピードの向上と人的コストの削減という大きなメリットが実現しました。
また、アカウント単位で各システムのコストが明確になることで、従来曖昧だった EC2 のアウトバウンド通信や NAT 利用料金などの内訳を把握しやすくなり、コストの抑制および最適化が進んでいます。コスト意識の変革は他部門へも良い影響を与えており、既存システムでも見直しを進め、コスト削減が実現していると聞いています。
– 吉田:今後の展望や、取り組みたいテーマについてはいかがでしょうか?
– 竹内:今後は、DevOpsの体制で継続的な改善ができることを目指したいです。特にシステムが稼働した後の監視や運用設計に関してはまだ課題がありますので、運用を含めた成功事例を作ることが目標です。進行中のアプリ開発・運用を軸に、構築したプラットフォームの成果をしっかりと測定し、具体的なモデルケースとして示すことで、より強力な推進力にしていきたいです。
– 杉山:この先の運用体制の確立が大きな区切りになると考えています。プラットフォームを作って終わりではなく、ワークするところまで、具体的には、リリースして稼働して、オブザーバビリティを利用して、顧客体験の向上に寄与するような効果を測定する、ということが必要ですから。
とはいえ、まだまだAWSを適切に使うというか…クラウド活用における基本的な考え方が社内に十分に浸透していないと感じる場面もあります。引き続きパートナー企業に支援をいただく部分もありますが、内製化していかなければならない技術や知識もあります。全体のシステム運用の意識改革を進めることや、クラウドリテラシーを高める活動も大切になってきますので、お手伝いいただきたいですね。
伴走支援のプロジェクト体制について
– 吉田:今回のプロジェクト支援に伴走させていただきましたが、この体制面はいかがでしたか?
– 竹内:印象的だったことは、スピード感と戦略性の高さです。アジャイル的なアプローチにより、動く・使えるプロダクトを素早く、かつ、ガバナンス体制との整合性を担保した状態で届けていただきました。
チーム発足当時の我々は、最短経路であり安全であるものを求めていました。その中で、素早いデリバリーによって素晴らしいスタートを切れたことは、後々の活動に非常に良い影響を与えました。
また、AWSに関する豊富な専門知識や時代の最先端を捉える見識により生み出されるアウトプットは、当社の利益になるとともに、私自身、非常に勉強になりました。
– 右田:今回はAWSのモダナイゼーションというテーマでしたが、最新AI活用についても知見がある方々なので、AI利活用についても様々な情報提供をいただきました。
グループ全体として、優秀な人がより伸びる方向性だけではなく、全員を取りこぼさないようなAIの活用ができるとよいと考えていますので、今後もさらにディスカッションさせていただければと思います。
– 吉田:ありがとうございました。
